HakoniWa戯言Vol.5「愉しみ」を「愉しむ」

これまで、「愉しみ」とはなんぞや?

ということについて、その概念について考察してきたが、今回は

実際にその「愉しみ」とは何か?について考えていきたい。

前回、前々回において、その「愉しみ」や「成長」そのものに

ついて、それが具体的な何か?というのは、百人百様にあると述べた。

それぞれが、短いか長いかは分からないが、その人生、それまでの

経験の中で醸成されるものだと思う。


つまり、すでにその答えは自分自身の中にあるのだと思う。

これまでの人生において、それ(愉しみ)はずっとそこ(自らの内)

にあった、身の回りであったり、経験してきたものの中に「愉しみ」の

「タネ」は確実にあった(ハズ)。

ただ、それを「愉しみ」だとして見てこなかった、もしくは

「愉しむ」ことをしてこなかったのではないか、と考えた。

そう、「愉しみ」とはあるモノやコトを「愉しみ」としての捉えを

それを「愉しむ」ことをもってはじめて、その真価を発揮するのだと思う。


そこで、自分なりに「愉しむ」べく「あるもの」とその

「愉しむ」ことについての、要素をまとめてみた。

⇩ 【HakoniWaマンダラ】

・青丸に「あるもの」についての要素

・緑丸に「愉しむ」ことについての要素

これを眺めながら、自分自身にとって具体的に「愉しみ」とは何か?

あれこれ逡巡しているうちに、3つのキーワード

僕自身の「愉しみの3本柱」とも呼ぶべきものが浮かび上がってきた。

それは・・・

・ガストロノミ

・リベラルアーツ

・コミュニティ/コミュニケーション

という3つである。

次回からは、この「愉しみの3本柱」について

考えを詰めていきたい。


HakoniWa Labo

HakoniWa × ガストロノミ 「愉しみ」と「愉しむ」の研究所 “おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは心なりけり”

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