HakoniWa戯言Vol.2 「愉しみ」ってなんだ?
第2回は「愉しみ」について考えてみる。
このブログを通じてのテーマ(命題)として掲げた
“「愉しみ」を考察する”について、まず「愉しみ」に
ついて考えてみたい。
そもそも、なぜ「愉しみ」なのか?
これは、僕自身の中でずっとくすぶっている問題意識による。
それは大学時代に一時顕在化したが、就職して以降は心の
底流へと沈み込んでいたものと思われる。
自問自答を続ける中で、その奥底へ潜んでいた問題意識に
突き当たった。
そのことに、このブログを書いてみようというキッカケがある。
その問題意識とは?
自身の好奇心や関心といったものの源泉となっているものと
思われる。
それは…
「人生の目的とはなにか?何のために人は生きるのか?」
という問いである。
ケツメイシの「オレの道 オマエの道」という曲の歌詞に
♪人生の目的 なんて死ん でから問うべき♪
という箇所があるが、僕はそうは思わない。
もちろんケツメイシは大好きなアーティストだし、この歌も
好き、一般論をしているのではなく、僕はそう思う、ということ。
人生の意義は何であったかだとか、功績や評価などは
死んでから問うべきとは思う。
しかし、目的は?、何のために生きるか?という問いは
生きている時にこそ問い続けたいし、その目線の先に
自分なりの解を持っておきたい、仮説であっても。
人生を旅に例えると、その目的(地)がないことには
どこへ行ったらいいのか、そもそもどこかへ行く必要が
あるのか?(生きると必要があるのか?いいかえれる?)
というふうに路頭に迷う危険性を感じる。
そこで、たとえ仮だとしても、目的(地)をもつことで
一歩、また一歩と前に進むことができるし、それが
前だと信じることができる。
つまり、好奇心・関心といったものの源泉、モチベーション
が生まれることになる。
そこで、自身の根源的な問いにたいする自分なりの解として
「愉しみ」であるという仮説を立て、これからそれを
立証すべく一歩一歩進んでいきたいなと思っている次第です。
また、もう少し言葉を加えると
「愉しみ」を「愉しむ」ということである。
このことをさらに、次回以降考察を発展させていきたい。
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