HakoniWa戯言Vol.8ガストロノーム宣言

「ガストロノミ」

愉しみを考察するための、この「世界」の切り口の一つとして僕自身の

「専門分野」(パーソナリティ)から導き出された解への糸口。

これをもう少し詳しく見ていく。

「ガストロノミ」とは何か?

その定義は⬇

・文化と料理の関係を考察すること

・日本では美食術、美食学とも訳される

・ガストロノミーとは、料理を中心として、様々な文化的要素で構成される。

−Wikipedia−


・食物摂取と完全に重なるわけではない

・食物摂取は生命に必要であるが、ガストロノミはそれに加えて、食物の質と

 味わいの表現と食べる際の快楽とを追求するものである

・それは旨いものについての技法であり、ひいてはよい食事、高級料理を準備する技法である

−ジャン・ヴィトー「ガストロノミ 美食のための知識と知恵」より抜粋−


・ガストロノミとは、食生活を行う存在としての人間にかかわりのある

 すべてのものについての理論的知識である

・食物、それを手に入れること、調理することをガストロノミに含め、ガストロノミは

 博物学、物理学、化学、商業、経済に、また医学、社会学に関連する

−ブリア・サヴァラン 「美味礼賛」より抜粋−


・料理は食物に磨きをかけること、ガストロノミは料理自体に磨きをかけること

−ジャン=フランソワ・ルヴェル 「言葉による饗宴」−


・「美食」の「学」のような静的な感じよりも、「美(味しく)」「食(べる)」ことを「学(ぶ)」

・「食を楽しむ知識と知恵」としておきます。

・食文化

 文明が技術活動の結果であるのに対し、文化は精神活動の結果

 食文化とは、人間の「食に関する精神活動の産物」ということになります。

・食の美学

 (美学−芸術、または自然や人生の上にひろく感じとられる美について、その本質や

  法則を明らかにする学問)

 食の上にひろく感じとられる美について、その本質や法則を明らかにする学問

・食を楽しむ知識と知恵を言わば蒸留していくと、本来の意味での「食の美学」に到達する

 ガストロノミと食の美学とは、そのような関係ではないでしょうか。

−佐原秋生 「美食学入門」より−

と、古今東西においてそのお歴々が定義や考察をしている。


しかし、そのエッセンスは何か?

・単なる栄養補給や本能的な乾きを満たす単なる食欲とは一線を画すということ

・食に対する精神的/文化的アプローチであるということ

・食を楽しむための知識と知恵(知恵≒実践/経験から得られた知識)であるということ

・その対象は単なる「食」だけにはとどまらす広く自然科学・社会科学にも広がるということ

そして、最も重要なことは、先にも上げたとおり、食を楽しむためで、食べる側のための

ものであるということにあると考える。

ガストロノミという概念そのものが、食べる側(主体)の視座で食をはじめ、物事を

捉えるということ。

受けてだが、受け身に甘んじず、主体的にその楽しみの知識と知恵を追求するということ。

だと考える。

食を、ともすると、受動的になりがちなものから、脱却して自ら、食べ手が主体と

なって楽しむということ。

それが愉しむということ。

食を愉しむ≒ガストロノミ


ここで、HakoniWaマンダラを見直すと、このガストロノミの食の愉しみの

エッセンスというのは、マンダラにおける「愉しむ」の要素とほぼ同じであることがわかる

マンダラにおける「愉しむ」ことの要素は、ガストロノミと出会い、そのエッセンスを

考察するうちにインスパイアされてできたものである。

つまり、「ガストロノミ」自体が「愉しむ」ということを表すとも言える。

「HakoniWa」を「ガストロノミ」する

 ⬇

「あるもの」を「愉しむ」と解釈できる。


つまり、ガストロノミの対象が「食」にとどまらす、発展するように、そのエッセンスに

ついても、食をはじめとした様々な物事、とくに精神・文化・社会を「愉しむ」ことにも

展開/発展し得るものであると考える。


ガストロノミの実践者をガストロノームと表現するらしいが、

ガストロノーム≒食に対する愉しみの考察・実践を通じて、社会・文化にも対象を展開し

なんでもないもの(あるもの)を愉しむ、愉しいものにしてしまう人。

と定義するならば、そしてそれを目指す道をガストロノミ道と呼ぶならば、その道を

ガストロノームを目指して歩いていきたい。

HakoniWa Labo

HakoniWa × ガストロノミ 「愉しみ」と「愉しむ」の研究所 “おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは心なりけり”

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